2008年12月9日火曜日

水瓶座の星を生きて 高橋惠子


1970年4月、赤軍派のよど号ハイジャック事件で騒然とした世情の中、高校に入学した。
安保闘争に揺れる政治的なムーブメントは、私が通う高校でも無縁ではなかった。
紛争の結果、制服は撤廃され都立高校の“自由”を前に、つい何ヶ月前まで子供だった自分が、すべての局面で急激に大人になったような気がした。
新宿の喫茶店にたまり、煙草を吸い、判りもしない実存主義の本をかじった。

安保闘争が終わりけだるい虚脱感とともに迎えたその年の夏、新宿の映画館でやっていた『高校生ブルース』という映画で一人の女優と出合った。
関根恵子。ちょっと鼻にかかった低い声は、何かとても真面目で知的な印象を受けるのだが、その“真面目な”ごく普通の女子高校生が妊娠するというシチュエーション、セーラー服の下には若々しい肉体が息づくという意外性あふれるセクシャリズムに鮮烈な印象を与えられたのを覚えている。

驚いたのは、パンチやプレイボーイといった雑誌でグラビアを飾っていた彼女のプロフィールを読んだときのこと。同年輩であることは知っていたがなんと誕生日に至るまでまったく同じなのだ。同じ星回りを持って生を受けた偶然。それを知った後はなんだかすごく近しい感じがしたし彼女が演じる思春期の揺れる心象は同じ歳の人間として共感できるものだった。衝撃のデビュー作に続いてその年公開された第2弾目は富島健夫のジュニア小説を映画化した『おさな妻』。そう、オレたちはすでに子供だって産めるし産ますこともできる、法的には制限されるが所帯を持つ事だって可能なのだ(テレビ版の『おさな妻』の麻田ルミも同じ歳だ)。
『高校生心中 純愛』、『遊び』、『成熟』…。その後も大映の人気路線となったレモンセックスシリーズで彼女は次々と、同じ世代の性と愛を演じ続けた。当時の彼女が何を考えていたのかはもちろんわかりようもないが、同じ星に生きるものとしてきっと同じように大人としての現在を生きているはずだ、それはまるで双生児のように繋がっているのだと一方的に思い込んでいたのである。

大映倒産後、東宝に移籍し熊井啓監督の『朝やけの詩』で一躍脚光を浴びる。それは単なる若い肉体だけのアイドル路線を脱却した本格的な女優への第一歩だったし、テレビドラマの『太陽にほえろ!』の新子役での起用は役柄をぐっと広げることとなった。
20歳を迎えたある日、大学の授業をサボって渋谷で浦山桐郎の『青春の門』を観た時、梓旗江役の関根恵子に久々に再会した。しばらく会わなかったが“いい女”になっていた。女教師の梓旗江が外国人の恋人と交わすセックスシーンは生々しかった。それを偶然見てしまう主人公の田中健の心情が痛いほど胸に迫った。いつの間にかずっと彼女の方が大人になってしまっていた。正直性的興奮も憶えたが、それと同時に一抹の淋しさも感じていた。もはや彼女は本当の女優へと成長し、手の届かない存在へと昇華したのだ。
しかしその後、彼女は実生活でも、梓旗江のように愛に傷つき、自殺未遂や失踪事件を起こすなどスキャンダルに見舞われ芸能界から消えてしまうのである。

双生児たる自分もその頃やはり恋もしたし苦い別れも経験した。同じ星を生きる者としては同時に自分のバイオリズムも落ちてしまっているように思っていたが、1981年、彼女は日活ロマンポルノ『ラブレター』で復帰、続く翌年、ピンク映画出身の高橋伴明監督によるATG作品『TATOO<刺青>あり』ではやくざの情婦に堕ちてしまったホステス・三千代役で女の生き様を鬼気迫る演技で表現した。
何があったかは問うまい、色々な体験を経て彼女は自分の道を再び歩みだしたのだろう。
そして彼女は女優としての生きる道を指し示した高橋伴明と結婚することになる。

数年後、テレビに映画に活躍する彼女に本当に会うことになった。当時携わっていた雑誌の仕事でインタビューする機会があったのだ。番組宣伝用のインタビューだったのと、取材時間も限られていたのであまり深いことは聴けなかったが、水瓶座の同じ星を生きるヴァーチャルな存在だった相手とやっと会えたことに感激していた。思った以上に美しい人だった。そしてインタビューの終わりに思い切って「実は僕は高橋さんと同じ日に生まれたんです」とドキドキしながら打ち明けた。
「あ、そうなんですか」
帰ってきたのは…。それだけだった。
そっけない反応に少しがっかりしたが、考えてみればあたりまえのことだ。なんて言ったって相手は私のことなんてぜんぜん知らないのだ。すぐに気を取り直し取材の礼を言った後「頑張ってください。応援しています」。
心の底からそう思っていた。
彼女がどうであれ、彼女の幸福こそ同じ星に生きる自分自身の喜びでもあるからだ。

高橋惠子
1955年1月22日生まれ、北海道出身。中学生のときスカウトされ高校1年で大映映画『高校生ブルース』でデビュー。更に同年の『おさな妻』でゴールデンアロー賞新人賞受賞。日本テレビ『太陽にほえろ!』で一躍人気女優となる。1977年睡眠薬自殺未遂、79年作家・河村季里と海外逃避行するなど相次いでスキャンダルに見舞われ引退を決意。1980年に芸能界に復帰した後、82年に出演した映画『TATOO<刺青>あり』の監督・高橋伴明と結婚、芸名も現姓に改名する。その後多くのテレビドラマ、舞台で活躍中。一男一女の母。
主な映画作品
『高校生ブルース』(1970)
『おさな妻』(1970)
『可愛い悪魔 いいものあげる』(1970)
『新・高校生ブルース』(1970)
『高校生心中 純愛』(1971)
『樹氷悲歌』(1971)
『遊び』(1971)
『成熟』(1971)
『朝やけの詩』(1973)
『神田川』(1974)
『動脈列島』(1975)
『青春の門』(1975)
『ラブレター』(1981)
『幻の湖』(1982)
『TATOO<刺青>あり』(1982)
『恋文』(1985)
『次郎物語』(1987)
『ふみ子の海』(2007)

2 件のコメント:

ask さんのコメント...

大映最後の女優、というと小生は松坂慶子派でしたが(いまは見る影もなく…)。

インタビューで「誕生日同じです」と言えたのは、のちにナントカガールズとなる藤原理恵。かえってきたのは「じゃあやっぱり自分がいちばん、というタイプでしょ?」という、それはお前だけだろ、という…共同幻想はまさしく幻想だからこそ共同なのじゃ…。こんなん出ました。

秋山光次 さんのコメント...

>共同幻想

まさにそうですよねw
こちらの思い入れが強いだけに、当たり前の反応とは思いつつも、もう少し驚いてくれよ、と…。
そうですか松坂派だったんですか。
大映だと安田道代、叶順子なんかも良かったですよね。あと渥美マリ!