2008年8月1日金曜日

初恋のワコちゃんのままで 酒井和歌子 


風邪薬はなんといっても昔からタケダのベンザに決まっている。
それは少年の頃のある時期、いやっと言うほどCMを観て洗脳されてしまったからである。
“風邪、イヤね”
あの可愛らしいワコちゃんに笑顔で言われたら、風邪引いてなくたって薬飲みたくなる。
確か『若大将シリーズ』の2代目ヒロインで人気が出てきた60年代後半の頃だった。ワコちゃんの“風邪、
イヤね”を追っかけてタケダの提供番組は必ずチャンネルを合わせていた覚えがある。私のベンザ好きはその頃以来のトラウマなのである。

最初にワコちゃんに出会ったのは64年の映画『今日もわれ大空にあり』での東宝デビューの時のことである。雑誌『ボーイズライフ』のグラビアでジュースをストローで飲みながら上目遣いに微笑んでいる少女のどアップの写真を見て、一目で恋に落ちてしまった。今は無き少年誌『ボーイズライフ』(小学館)は当時、少し大人の世界を覗かせてくれるお洒落な雑誌で、マセガキどもの愛読書だった。さっそく親にねだって映画館へ直行した。映画は航空自衛隊全面協力で最新鋭機F104Jのパイロットたちを題材に撮った航空映画だったが、三橋達也演じる隊長の娘役で、若手隊員にほのかな憧れを抱く純粋無垢な少女を好演していて。こちらの恋心もヒートアップした。親は私が子供らしく飛行機が見たくて選んだ映画だと思っていたことだろうが、異性に恋してそれを目的に映画にいったのはこれが初めてのことだった。

後で知ったのだが彼女は劇団若草の子役ですでにキャリアを積んでいて石原裕次郎の日活映画『あいつと私』で芦川いづみの妹役で吉永小百合とともに出演している。存在感があるのも当然だった。その後テレビの青春ドラマ『青春とはなんだ』の13話「危険な年輪」で貧しさゆえに飲み屋の女給に売られてしまいそうになる薄幸の少女役には衝撃を受けたのを今でもよく覚えている。
『伊豆の踊り子』(67年)や『これが青春だ』(66年)に代表される学園物映画の出演で、いつの間にか東宝のアイドル女優として内藤洋子と人気を二分するようになり、学校でも内藤洋子ファンの友人とどちらが可愛いか論争したものだが、それ以降、恩地日出男監督『めぐりあい』(68年)、小林正樹監督『日本の青春』(1968年)森谷司郎監督『兄貴の恋人』(1968年)と大物監督にも起用され東宝の看板女優へなっていった。

『若大将』シリーズの“節ちゃん”役をさかいに日本映画自体が衰退期に入り、ワコちゃんも『飛び出せ青春』『気まぐれ天使』と言ったようにテレビに活躍の場を変えていったが、その間、出目昌伸監督『誰のために愛するか』(71年)、市川崑/豊田四郎監督『妻と女の間』(76年)で“大人の女”を開眼し、その後の2時間ドラマでの貞淑な妻役や悪女役などマルチに演じていく転換期となったのだろう。この間、私自身も大人へと成長していくにつれ、興味は東映やくざ映画や日活の芦川いづみものに変わってしまい、いつしかワコちゃんへの熱も冷めてしまった。ところが近年、もうワコちゃんなんてイメージは消えすっかり熟女となった酒井和歌子さんをテレビで観るようになって、子供の頃の恋心が再燃するようになってきた。同窓会で昔大好きだったガールフレンドに再会したような感覚とでもいうべきか。そして年月を経て新たな恋の予感を感じてしまうというか。
私生活では加山雄三や田村正和と噂になったりしたこともあったようだが、いまだに結婚することも無く50歳半ばを過ぎて独身のままである。ステージママだった母上の存在が邪魔したなどという説も聞いたことがあったがタモリの『今夜は最高』にゲスト出演したときは、よくお酒を飲み、よく笑う大人の魅力を持った素顔が垣間見えて、つけ入る隙のないとり澄ましたイメージはどこにもなかった。
ご本人には失礼かつ余計なお世話なことかも知れないが、かつてワコちゃんファンであった立場からすればずっといつまでもそのままでいて欲しい。
“風邪、イヤね”と微笑んでくれたあの時の少女が、私の初恋の女性が誰か他の男性に独占されてしまうなんてどうしたって考えたくないからである。

酒井和歌子
1949年4月15日東京都出身。目白学園女子短大国文科中退。劇団若草の子役となり日活映画『あいつと私』(61年)などに出演する傍ら、雑誌『女学生の友』のモデルなどで活躍。15歳で東宝に入社『今日も我大空にあり』(64年)でデビュー。青春映画等への立て続けの出演で67年製作者協会新人女優賞を受賞。以後東宝の看板女優として映画、テレビ、舞台で活躍。76年からフリー。
主な出演映画
『今日もわれ大空にあり』(64年)
『落語野郎』シリーズ(66年~67年)
『社長繁盛記』(68年)
『めぐりあい』(68年)
『河内フーテン族』(68年)
『日本の青春』(68年)
『兄貴の恋人』(68年)
『フレッシュマン若大将』(69年)
『二人の恋人』(69年)
『ニュージーランドの若大将』(69年)
『大日本スリ集団』(69年)
『俺の空だぜ!若大将』(70年)
『誰のために愛するか』(71年)
『激動の昭和史・沖縄決戦』(71年)
『いのちぼうにふろう』(71年)
『戦争を知らない子供たち』(73年)
『華麗なる一族』(74年)
『妻と女の間』(76年)
『刑事物語2りんごの詩』(83年)
『県庁の星』(06年)

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